「蜷川実花展 with EiM:彼岸の光、此岸の影」に行ってきました。
京都の京セラ美術館で開催されている展覧会ですが、SNSを中心に盛り上がっているようです。
僕自身、蜷川作品は以前から好きだったので今回実際に世界観に触れることのできる今回の展覧会すごく楽しみにしていました。
今回はそんな蜷川実花展に実際に行ってみた感想と、様子をご紹介できればと思います。
概要
「蜷川実花展 with EiM:彼岸の光、此岸の影」は、2025年1月11日から3月30日まで京都市京セラ美術館の新館「東山キューブ」で開催されている展覧会です。この展覧会は、写真家・映画監督である蜷川実花と、クリエイティブチーム「EiM」が共同で制作した関西最大規模の個展として注目されています。
- 開催期間:2025 年 1 月 11 日 (土) – 3 月 30 日 (日)
- 開催場所:京セラ美術館(京都市左京区)
- 開館時間:10:00 – 18:00(入館は17:30まで)
↓ 開場時間が延長されている日
3月20日(木・祝)〜 3月30日(日)9:00〜19:00(18:30最終入場)
※ 3月28日(金)のみ18:00まで - 休館日:月曜日(祝・休日の場合は開館)
- 入場料:一般 2,300円(詳細は公式サイトでご確認ください)
見どころ
古きにわたる歴史があり寺社仏閣が多く存在する京都。時といのちの流れを感じる京都の街からインスピレーションを受け、「彼岸の光、此岸の影」をテーマにした展覧会となっております。展覧会は全10作品から構成されています。本展のために制作した映像によるインスタレーション、立体展示などで構成され、東山キューブの空間全体を使った没入感のある体験になっております。鑑賞者が作品に入り込み、自身が主人公となり異界を巡る全10話の“絵巻体験”へと誘います。
展覧会の導入は窓に作品が透ける廊下で、作品を通して窓の外に京都の街並みも見ることができ、異界と現実をつなぐ空間を演出しています。その後、彼岸花の真紅に染まる展示や、1500本に及ぶクリスタルガーランドを用いたいのちのきらめきを表現した展示、まるで奈落のような天地が抜ける空間や造花が咲き乱れる空間など、異界の深淵を巡るような作品群が続きます。
作品にはCGで制作したものではなく、全て現実世界の写真や映像を用いており、日常の延長線上にある何気ない場所で撮影されています。蜷川実花がこれまでも様々な作品に込めてきたコンセプトである「光と影」。日常世界にある光と色のコンビネーションを表現した“光彩色”だけではなく、影と色を表現した“影彩色”の作品で構成されており、光と影、彼岸と此岸など、相反するものを感じ取ることができます。10に及ぶ作品の体験を通して、鑑賞者は自分の記憶や心の中にある静けさ、きらめき、さまざまな感情が呼び起こされます。また、没入型の構成で作品の中に鑑賞者が入り込めることから、自己と他者が共存する鑑賞体験になります。
パンデミックや世界における紛争など、混沌とした昨今の情勢。自己との内省は世界的にも様々なジャンルで広まっており、人々はいま、見失いがちな自分と向き合う時間が大切になっています。一連の“絵巻体験”の中で、光や影、彼岸と此岸、作家と鑑賞者、他者と自己など相反するものの境界線が揺らぎ、アートで自身の記憶や感情と共鳴する体験を通して、“百人百様”の自己と向き合う時間へと誘います。
https://ninagawa-eim2025kyoto.jp/highlights.html
写真撮影について
今回の展示会では個人利用に限り写真撮影が可能とのことでした。
こういった展覧会や作品展は写真は基本的にNG、あるいは一部のみOKがほとんどだと思いますがこちらでは全て撮影OKでした。
「来場者が自分の作品をどんな視点で見ているかフィードバックを得るため」と蜷川さんご本人がおっしゃられていたそうです。
展示内容
一部ではありますが印象的な展示を少しご紹介します。
Breathing of Lives

本作品は、都市の中で感じられる「いのちの息づかい」をテーマに、鑑賞者を現実と異界の狭間へと誘う作品です。無数に配置された水槽に映像を投影し、揺らめく水面が生み出す幻想的な光景は、美術館内外の境界を曖昧にします。本展では、これまで対象としてきた都市のモチーフに加え、京都特有の風景を映像に取り入れることで、土地固有の文脈とより深く響き合う体験を創出します。
投影される映像は、都市に刻まれた人々の営みや感情、そこに漂う記憶と希望を浮かび上がらせます。電車の窓越しに流れゆく街並みや、高所から見下ろす建物の群れ。こうした都市の景色には、人間の存在が見え隠れします。そこには、過去の記憶が息づき、新たに創られる未来への時間が流れ込んでいます。
夜の京都を想起させるような街の灯り—ネオン、車のヘッドライト、そして室内の微かな光—は、いのちの営みを象徴します。光はときに力強く、文明の先駆けとしての輝きを放ちますが、一方で儚く繊細で、追憶の灯火のような面も持ち合わせています。また、水槽の水面に映る光や影は、川や雨の水滴、霧など心地の良い自然要素を連想させ、それらが街と自然の境界を揺らしながら共鳴します。
鑑賞者自身もまた、この光や映像に自身の息づかいを重ねていきます。過去と未来、儚さと力強さが交錯する空間の中で自らの存在を感じられる本作品は、見る者と都市、そして京都という土地をつないでいきます。
https://ninagawa-eim2025kyoto.jp/explanation.html

会場内で最初に体験することになる作品です。
暗い室内で怪しくゆらめく赤い照明が京都の妖艶な雰囲気を演出しているように感じます。
床に徐に置かれているモニターのようなものや、アクリルのような四角いオブジェに様々な映像が投影されており、照明の上を様々な色彩を放つ文明的な映像が泳いでいるようなおどろおどろしながらも不思議な世界観でした。
Liberation and Obsession

このインスタレーションはアーティスト蜷川実花の内面から滲み出る感情の痕跡からなります。作品を構成するオブジェ一つひとつには、アーティストの表現の中で繰り返し現れるモチーフや映像の断片が重ねられ、それぞれが執着や情熱、葛藤を象徴しています。大胆な絵の具の使用や過剰に装飾された額縁は、内面の解放と縛られた思考との間で揺れ動く心の様相を浮かび上がらせます。
複雑に絡み合う形と色彩の相互作用は、感情の波や変化を映し出し、鑑賞者をアーティストの内的世界へと誘います。そこで向き合うのは、抽象と具象が入り混じるアートの景色だけでなく、その向こうにある自分自身の深層でもあります。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている——この空間では、アートがその媒介となり、鑑賞者は解放の可能性と執着の影を共に見つめる体験をします。
https://ninagawa-eim2025kyoto.jp/explanation.html

蜷川実花さんらしい色彩の組み合わせのオブジェの展示で、宝石のような装飾でキラキラしていて一見するとポップな印象で華やかな世界観ですが、暗い室内と四方の黒い壁に所狭しと並べられたオブジェの様子や、
よくみてみると目玉がついていたり独特な色彩に奥底に滲み出るダークな様相に少しサイケデリックな印象を持ちました。
華やかさの中に毒々しさを感じるさながらアングラな世界観を僕は感じました。
Whispers of Light, Dreams of Color

この作品は、1,500本に及ぶクリスタルガーランドが織りなす光と色彩の空間体験です。今回のインスタレーションでは、人工光のみを用いることで、光の強度、色彩、方向を繊細に制御し、訪れる者がいのちのきらめきを深く感じ取れる場を創出します。鑑賞者はこの空間で、刻々と変化する光の表情といのちの儚さを象徴する静謐な瞬間を体感します。
展示の中央を抜ける通路には虹色の色相環に沿って配置されたクリスタルガーランドが囲むように配されています。ガーランドには多様な色彩を帯びたクリスタル、光を散らすサンキャッチャー、蝶、星、ハート、目玉、イミテーションの宝石など様々なパターンのモチーフが散りばめられています。それは子供の頃、おもちゃの宝石箱の中に大切にしまっていたようなキラキラしたもの。他人から見れば、価値を持たないただのガラクタだけれども、本人にとってみれば大切な宝もののように感じていたものです。そうした多様なモチーフがクリスタルの多様な色彩と、サンキャッチャーの輝きとともに浮かんでいます。それぞれのモチーフは、他者が大切にした記憶を象徴し、鑑賞者自身の感情や記憶とも交錯する存在です。遠目には壮大な光の連なりとして輝き、近づけば細部の意匠が浮かび上がり、見る者に多様な発見と感覚をもたらします。
人工光による演出は、時間の経過を超越し、展示空間全体を一つの生きた作品として作り上げます。光の角度や色彩が調整されることで、クリスタルが放つ光は、穏やかな揺らぎから鮮やかなきらめきへと変化し、静と動の交差する空間を提供します。鑑賞者は、この空間を歩むたびに、光の粒子が奏でる変化が次々と呼び起こす新たな感覚によって、いのちの多様性とその儚さを実感するでしょう。この作品は、鑑賞者を単なる観察者ではなく、光と色彩が織りなすいのちの記憶の中を旅する参加者として位置づけます。それは死者の残した痕跡のようでもあり、現世を彷徨う魂の軌跡のようでもあります。人工光が創り出す緻密な美の空間は、いのちの一瞬一瞬が持つ価値を際立たせ、人々に内省の時間を与えます。光と色が描く調和の物語を通じて、鑑賞者はいのちの輝きとその儚さの意味を深く問い直す経験を得ることでしょう。
https://ninagawa-eim2025kyoto.jp/explanation.html
天井から無数に散りばめられるように吊るされたクリスタルが、一つ一つ光の粒のように輝く宝石のシャワーのような空間です。
美しさの中に儚さや懐かしさを感じました。
Dreams of the Beyond in the Abyss

本展覧会のハイライトとなる深淵を象った本作は、奈落のように天地が抜ける空間と、その空間を内包する造花が咲き乱れる空間より構成されます。外側に広がる空間は、深い底にありながら突然視界が開け、色鮮やかな花々が広がります。そこは黄泉の奥底のようでもあり天上の世界のようでもあり、空間を共有する鑑賞者同士も互いを多様な形で認識するでしょう。深淵を彷徨う亡者なのか、天国へと至ろうとする魂なのか、その体験を共有する鑑賞者たちも含めて、彼岸の夢という共同幻想が形作られます。
奈落は4面がLEDディスプレイ、上下が鏡で構成される空間です。天地が抜ける異空間の中で鑑賞者は落ちていくのか、登っていくのか、そのどちらとも取れる体験を潜り抜けます。それは肉体を喪失するような、あるいは自分の心の奥底に入るような体験となります。ある種の臨死体験潜り抜けて、深淵の先に何を見るのか。それは、そのときの鑑賞者一人ひとりの心のあり方によって変化するでしょう。古来、世界各地に存在する黄泉巡りは、自身の心の中を巡る体験でもあるのです。
生と死、緊張と解放、儚さと普遍、諦観と希望、終わりと始まりなど、深淵を巡った鑑賞者が地上へと帰るとき、そこで見た夢や感情がどのように現実に影響を与えるのか? 黄泉巡りにつながる一連の体験は、鑑賞者に様々な感覚と内面的な反応を引き起こします。それが視覚的な美しさにとどまらず、存在や死生観に触れる体験となり、訪れる人々にとって忘れがたいものになることを私たちは願っています。
https://ninagawa-eim2025kyoto.jp/explanation.html

これぞ蜷川実花の世界観と言わんばかりに、色とりどりの花と照明が彩る咲き乱れた空間は圧巻でした。
まさに映像作品で見たような独特の鮮やかや幻想的で妖艶な雰囲気、弾けるようなフレッシュさを体感できる展示でした。
どこか京都らしさを感じるあたり、今回の展示のコンセプトも落とし込まれた作品であるように感じました。
感想
蜷川実花さんの作品はかなり以前から好きで、初めて蜷川さんを認知したのは映画「さくらん」を鑑賞した時でした。
ビビッドな色彩の美しさと毒々しさ、ポップさとアングラが共存している独特の世界観が印象的で、
初めてこの世界観を目にした時は唯一無二を感じました。
自分がデザイン関係の仕事をするようになってからは、色使いなどこっそり参考にしたりなんかしていたり少なからず今の自分に影響を与えられたアーティストだと思っています。
そんな蜷川実花さんの作品展、没入型体験というジャンルの展示とのことでぜひ体感してみたいと思っていたので今回開催期間滑り込みにはなりましたが行けてよかったです。
まさに蜷川実花ワールドを体感できる素晴らしい展示会でした。
・・・ただ残念だったなと感じることもありました。
会場内ではスタッフの方が常に誘導はしているものの人の流れは滞留気味でした。
今回全作品写真撮影可能ということもあり、ただでさえ人気で混み合っている会場内で映え写真を撮る事に必死になっている人たちがあちこちで進行の妨げになっていました。
ずっと一つの場所から動かない人も多く、全ての作品を満足いくまで見れたかといえば正直不完全燃焼です・・・
僕が訪れた日がそういう雰囲気だっただけかもしれませんが、おおよそ美術館に似つかわしくない低モラル層が一定数いるのは確かで、ゆっくり鑑賞して世界観に浸りたい方にはストレスかもしれません。
先述していますが、写真撮影が全てOKの背景には、「来場者が自分の作品をどんな視点で見ているかフィードバックを得るため」と蜷川さんご本人のこの展覧会を通しての思いが込められているようです。
作品に対してそれぞれの視点から見たもの、感じたもの、それをどう表現するのかは自由だし、今回の展覧会の趣旨でもあると理解しています。
ただ世界観を共有することも大切なことで、作品を通してどんなに素敵な感情を抱いたとしてもモラルに欠いているのは作品やアーティストへの侮蔑であると僕は感じざるを得ませんでした。
まとめ

アクティビティとして実際に体感して楽しめる美術イベントとしても満足できる素敵な展覧会でした。
最初から最後まで色彩豊かで、これぞ蜷川実花の世界観に没入できる貴重な体験となりました。
蜷川実花さんの世界観が好きな人はもちろん、現代アートや極彩色の作品が好きな方にもぜひお勧めしたいです。
ただ滑り込み来場になってしまい、この記事が上がる頃には展覧会自体が終了間近だと思います・・・
またこうした作品展やイベントがあることを願って、次回イベントへの期待として今後も蜷川実花さんのご活躍に注目していきたいですね。